サンゴ保全活動
私たちは、身近な自然はもとより、より大きな環境と密接な関係を持ちながら生活をしています。
遠く離れた奄美のサンゴと、私たちの生活はかけ離れているようですが、サンゴが消費してくれる二酸化炭素は、一般樹木の約5倍から15倍といわれ、地球温暖化阻止に多大な役割を担ってくれているのです。
そのサンゴたちが、今、壊滅の危機に直面しています。
当NPOでは、その奄美の貴重なサンゴを守る活動を支援すべく、共に保全活動を支援してくださる個人・企業様を広く募集しております。
2月8日~10日まで奄美を訪問してまいりました。
そのレポートも併せてご報告いたします。
(奄美の皆様、本当にありがとうございました。)
奄美訪問日記
平成22年2月8日
AM10:40、曇り空の奄美大島空港に降り立った私たちを迎えてくれたのは奄美のサンゴの保全活動に先陣を切って立ち上がった二人の熱い島人(しまんちゅ)でした。
車に乗り、南へ下る国道の途中で「夢おりの郷」という大島紬の製造元に立ち寄り、隣接した食堂で島の郷土料理「鶏飯(けいはん)」をいただきました。
鶏飯とは昔、時の天皇が奄美を訪れた際に献上された料理で、その美味に至極感動されたという由緒ある郷土料理で、初めて食した私も今までに経験のない食感に甚く感激しました。
一行はそのまま島の南端に近い古仁屋(こにや)の港へ。
古仁屋港からフェリーにのり、加計呂麻(かけろま)島へ。昔ながらの製造を貫いている「加計呂麻塩技研」さんを訪問。代表の本田さんに製造過程を見学させていただき、日本の塩百選にも選ばれた「真塩(ましゅ)」を味見させていただきました。私たちが思い描く塩とは全くの別物で、結晶が粗めのその塩の味は、美味そのもの。「どうしてこんなに味が違うのですか?」との問いかけに、「海に聞いてください。ハハハ。」と笑顔で答えてくれた本田さん。澄みきった海を持つ奄美ならではの味が早速感じられた一瞬でした。
帰りは海上タクシーで古仁屋港へ戻り、そのまま野瀬港近くのホテルへ。
夕刻、ホテル近くの郷土料理店「喜多八」で島の皆さんと会食。
サンゴの移植を行っている奄美リカバリーのみなさん。奄美群島の情報を発信するサイト「しーま」の編集部のみなさん。あと、今回の訪問に際し、行政への働いかけを一身に担っていただいた奄美市議の竹山議員さんたちと島の特産品、黒糖焼酎を汲み交わしながら楽しいひと時を。
肴は自慢の郷土料理と、島への熱い想い。どうすれば奄美の海が昔のようになるのだろう。どうすれば奄美に人が来てくれるのだろうと、各々に熱い想いを語り始めると、その熱気に私もついつい盃が進みました。私が飲んだのは「れんと」という銘柄の黒糖焼酎で、島の酒造メーカーが女性にも飲みやすい黒糖焼酎をと造られたもので、普段アルコールが飲めない私が初めて「おいしい」と思いながら飲めた希少な焼酎です。
アルコール度数は25%ですが、ほかの皆さんは度数の高い焼酎をガンガン行っていました。やっぱり、島のみなさん、酒が強い!
会の途中で同席いただいたのが、鹿児島県議会議員の与(あたえ)先生。鹿児島へ向かう多忙の中駆けつけていただき、「この後、仕事がなければなー」と残念そうに酒を辞退しお茶を飲みながらも皆さん以上に奄美への熱い想いを語り、フェリー出港ぎりぎりまで同席いただいた事を感謝いたします。
2月9日(火)
この日は今回の奄美訪問のメインでもある朝山毅奄美市長へ表敬訪問。
AM10:00に奄美市役所へ。当日は地元の奄美新聞社も取材に訪れ、緊張しながらも朝山市長と対談。私たちのNPO団体の東京での活動報告、奄美のサンゴ保全活動を推進したい意向を伝え、行政の理解を得られたことで今回の訪問の一番の目的が達せられたと胸を撫で下ろしました。
緊張冷めやまぬまま、地元のラジオ局「「ディ!ウェイブ」に出演。
奄美リカバリーの皆さんとサンゴ保全活動について約15分ほどの収録。緊張した声が島に流れると思うとちょっと恥ずかしい気がしましたが、放送は私が帰ってからとの事なのでうれしいような、ちょっとがっかりしたような・・・
いったんホテルへ戻り、スーツを脱ぎこの時期というのに島では当たり前の半そで姿に。
昼食はリクエストで昨日同様「鶏飯」にしてもらいました。昨日とは別の店で、天皇陛下も食されたという「鶏飯」を頂くことに。「鶏飯」はもちろんのこと、添え物で出たパパイヤの漬物が絶品。「黒糖焼酎」「黒糖生キャラメル」に並ぶ名産品になること必至の味でしたが、お土産品として販売していない模様。
ん~っ残念!
昼からは奄美リカバリーの第2養殖所の予定地を訪れ、その足で島の北端、笠利崎へ。
近年日食ツアーで有名になった景色抜群の地で、太平洋と東シナ海が交流する海をしばし静観。そのあと、今回のもう一つのメイン。現在稼働している奄美リカバリーのサンゴ養殖場への視察。養殖ケースの中で生息しているサンゴの子供達。この小さなサンゴが近い将来この奄美の美しい海で大きく成長していくことを願いながら、養殖場を後にしました。
ホテルに帰る前に、奄美の海を15年潜り続けている「マリーンスポーツ奄美」の代表、才秀樹さんに近年の状況をお話しいただきました。現在の奄美の海は私が思っていた以上に深刻な状況で、地球温暖化が原因でサンゴが死滅し、食物連鎖のバランスが崩れ天敵オニヒトデの繁殖につながり、さらにサンゴの死滅が進むといった最悪の状況にあるようです。奄美の行政、また地元のダイバーたちの努力でオニヒトデの駆除が行われ、最悪の事態は乗り越えつつありますが、一度死滅したサンゴが自然に戻ってくるには途方もない時間が必要となります。そこで、奄美リカバリーの活動が奄美のダイバー達の救世主となることを期待しているようです。「私が撮影したビデオや写真で良ければ、いくらでも使用してください。少しでも奄美の為になるのであれば。」才さんが最後に言ったこの言葉。
私はこの二日間で何回聞いた事でしょう。「奄美の為になるのであれば・・・」
2月10日(水)
奄美訪問最後の日。この日は奄美の観光の主力でもあるマングローブの原生林を視察することに。そのまえに名瀬港により、名瀬漁業協同組合を訪問。組合長の久保さんから現在の奄美での漁業の状況を伺い、サンゴの被害が主産業である漁業にまで深刻な問題をもたらしていることを聞き、漁師たちもこのサンゴ保全活動に期待を寄せていることを訴えていました。
そのあと一行はマングローブの原生林のある住用町へ。
国道からも間近に見られる場所に群生しているこのマングローブの原生林。
恥ずかしながら、私はマングローブとは樹木の名前と思っていましたが、そうではなく潮の満干で生息地が水で覆われたり陸地になったりする場所でも生息する樹木の総合的な名称の事で、樹木自体は「メヒルギ」と「オヒルギ」という名前だそうです。
この樹木の二酸化炭素消費量は一般の樹木より数段多いそうです。サンゴも海中の二酸化炭素を莫大に消費してくれるので、奄美大島は日本で一番ECOな場所と言えると思いました。
マングローブ原生林に隣接する「マングローブパーク」は自然を基本とした公園施設で、公園内にある「マングローブ館」では奄美にだけ生息する「リュウキュウアユ」をはじめ、マングローブの事がすべてわかる資料館、またカヌーに乗ってマングローブの原生林の中に行ける設備もあり、奄美観光には外せないスポットです。私も時間の関係でカヌーには乗れませんでしたが、同施設内の展望塔に行き間近で原生林の景観を堪能しました。
奄美と言えばもう一つ有名なのが「大島紬」。初日に立ち寄った「夢おりの郷」に再度立ち寄りました。大島紬の製造工程、繭の糸からデザインの設計、色うち作業、泥染め、機織りまで一貫して行っている島でも随一の施設で体験機織りが出来ることで、観光のスポットとなっています。日本人の着物離れが進み、最盛期の1割程の製造量になってしまったこの特産品。伝統ある大島紬を守ろうと最近ではストラップやハンカチなどの創作品にも積極的に取り組んでいます。実際の大島紬を触らしてもらい、その生地の繊細さにびっくりしました。綿のように柔らかいその質感。高級品なのが改めてわかります。
昔は泥染めが主流で、糸が黒く染まるため、大島紬と言えば「渋い色合い」が本道でしたが、最近では化学繊維で着色した糸も使用する模様。若者向けにハンカチやネクタイなどのカラフルな色合いのものも製作しているようです。
最後にどうしても見てもらいたい場所が有ると連れて行かれたのが知名瀬(ちなせ)の海岸でした。
一見普通の砂利海岸と思って岸辺に降りてみて、眼を疑いました。
小高い丘のように積み上げられたものは、すべて白化して岸に打ち上げられた無残なサンゴの山でした。この光景を眼にした時、私もやっと島の皆さんの切実な思いが本当に分かった気がしました。奄美で会った人たちがみんな口をそろえて云った言葉が自然と私の中にも湧き上がりました。「このままではいけない・・・」と。
奄美を発つ前に一番人気のある海岸「大浜海岸」へ。
今回の奄美訪問でお世話になった皆さんと記念のショット。
東京で(有)LSS研究所を経営し、奄美リカバリーの一番の理解者、岡部英明社長、神戸から参加した安田君。まだ専門学校の学生で奄美リカバリーの候補生です。
地元奄美リカバリーの久保拓臣さん。通商「タコ海」奄美屈指のタコ漁師で笑顔がキュートなナイスガイです。
そして、奄美リカバリーの代表 重武辰彦さん。奄美の気候よりも熱い「南国の松岡修三」
皆さん、本当に三日間お世話になりました。
皆さんの想いが東京に、いや日本全国に伝わるよう、私たちのNPO団体も精いっぱい頑張ります。本当にありがとうございました。
特定非営利活動法人
地域住民の安全生活応援団
